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わたしのかみさま

あれ

※文脈もなにもあったもんじゃないです


思春期をこじらせたわたしと自担の大きな仕事を喜ぶジャニヲタのわたしが延々と殴り合いをしている。決着は、まだ当分つきそうにない。

先達の方に聞いてまわりたいのは、世界一だいすきな男の子が、世界一衝撃をうけた作品を演じるとき、どう思うのが正解なんだろう。

2015年9月21日お昼ごろ、外出先へ向かう電車内で第一報を聞いた。わたしは、その前日に丁度同じジョージ朝倉原作のピースオブケイクの上映を観に行き、それが予想以上に原作を大切に作られていたものだから、上機嫌で「ハートを打ちのめせ」とか、いちばんだいすきな「溺れるナイフ」を読み直そうと考えていたところだった。気を抜いたら泣きそうで、お友達にリプライを送り、とりあえず目の前の仕事をこなした。あの日から、ずっと正式発表される日を待っていた。一生来ないでほしいとも思っていた。

溺れるナイフをはじめて読んだ衝撃を今でも覚えている。中学生の、人が作り出したものにひたすらに触れたくて、漫画も小説も読みあさっていた中で、たまたま本屋で手にした1冊だった。ど真ん中を突き刺すような感覚。心臓を鷲掴みにされて、本当に息が止まるかと思った。動悸がおさまらなくて、半泣きで、その日は逃げるように店を出た。

あれから何年、大人になっても読み返すたびに息が詰まる、このめんどくさい人格形成に多大なる影響を及ぼした、特別な大切な、作品だ。

正式な出典も思い出せないが*1ジョージ朝倉先生は、映像化できないような作品を作ろうと溺れるナイフを描いたと聞いていたから。ずっと、わたしだけの世界で、好きなものと好きなものが交わる、そんなことは一瞬たりとも考えたことがなかった。

菅田将暉くんは、顔のつくりも鼻の高さも横顔も、漫画から飛び出してきたみたいな男の子だとピースオブケイクを観た時に感動した。原作の川谷ではないけれど、間違いなくジョージ作画の人だ。イヤだけど、いまこの世でコウちゃんを演じるのが菅田くん以外ならもっとイヤだと思った。あとわたしは普通に菅田くんのファンだ。夏芽役の女の子の情報は、最初には入ってこなくて、ただ全能感をもったうつくしい女の子、いちばん近しい所に見える小松菜奈ちゃん以外の人がやるのであれば死に切れないと願った。ら、叶って、それだけは正直、安心した。

そして、重岡大毅くんの名前がならんでいた。わたしのかみさま。うれしくない?死ぬほどうれしい。だけど、どう思っていいのかがわからない。ひかりみたいな人。大友に合っているとかそうじゃないとか、ちっともわからない。冷静な判断がつかない。おめでとうと心から言いたいのに、言えない。


溺れるナイフを読んだことのない重岡担、チューだけは間違いなくするぞ!だけど、あんなにかっこいい男の子の役、めったにない。だいすきなきみをなきながらでも、はやくお祝いしたいとぼんやり思う。

*1:映画化発表のコメントでも言ってはいたが

ジャニーズWESTで3のお題

あれ

巨タイ全盛期の夢豚化石BBAことわたし*1が、昨年1年ジャニーズWESTさんのお誕生日毎に作ったお題のまとめ。 

お題と名乗るからには、まず作るにあたってのルールを2つだけ決めた。
・身体の部位をひとつは混ぜる
・恋愛ものにはしない
そして雰囲気ポエムを語るのは無粋すぎるけど、言いたがりなのでむだに解説もつけました。以下、誕生日順に。


(神ちゃん)
かわいいとかっこいいの振り幅
芯のある柔軟さ
くしゃくしゃにわらう目じり

…トップバッターなので、ポエム度は(当社比)弱め。神ちゃんは相反のひとだなあと思っているので対になることばを重ねたかった。
「くしゃくしゃにわらう目じり」
神ちゃんのことを考えるといつもいちばんに浮かぶのは、しあわせが目尻にぎゅっと寄る姿。

(小瀧くん)
とろとろのはちみつを溶かしたまなざし
背伸びとリアル
あいされてできている

…愛にあふれた環境が、あまい顔だちのやさしいのぞむを作り出したんだと1万字を読んだとき心底納得したのでした。
「背伸びとリアル」
等身大の部分と、いちばん高い位置で大人のふりをしているところ。どちらもかわいくてしょうがない。

(流星くん)
宇宙を内包するひと
このうえなくうつくしいこころ
喰らわば骨までゆったりと

…流星くんは名前のせいか、やたらと宇宙とか銀河とか使いたくなって困った。広くて静かでうつくしくて底知れない。
「喰らわば骨までゆったりと」
一瞬でも見惚れれば最期、じんわりと毒がまわってもうおしまい。

(重岡くん)
しげおかだいきという哲学
君はおとこのこの最高形
線をなぞれば意思になる
あまいいたみに似たひと

…4つあるのは贔屓です。部位というか全て。重岡くんが作り上げる、しげおかだいきというアイドルが何よりもだいすきで今日もたのしい。
「線をなぞれば意思になる」
ちいさな骨ばったあの指で頬のラインをなぞって、空中に曲線を描いた 瞬間、まぼろしみたいにうつくしかった。*2

(照史くん)
いっとうきれいな夕焼けの
その声だけが道しるべ
たとえばもう一度あの夜がきたらば

…あっくんのオレンジは沈んでゆく夕焼けのオレンジ。しあわせとセンチメンタルの絶妙なバランス感覚というか。
「その声だけが道しるべ」
迷いなく響くあの歌声は、会場が大きくなればなるほど心を打つよいものだ。

(淳太くん)
あなたのくちびるだけがつむぐ
鋭角でまあるい宝石
てのひらにはいっとうきれいな特別を

…B.A.Dはどうしてもリンクさせたかった。淳太くんの、たいせつに思ってくれるひとを特別にたいせつにするという在り方が好き。
「鋭角でまあるい宝石」
イメージはダイアモンド。言葉のままそのまま淳太くん。

(濱ちゃん)
祈るように願うこと
それからやさしくひとみを溶かして
マイスイートブランケット

…対のぞむの濱ちゃんをイメージして作ったら、つられてあまくなった。やさしさの本質が似ているんだろうなあといつも思う。
「マイスイートブランケット」
全員にとってのライナスの毛布みたい。あなたなしでは生きていけない。


好きなところをひたすら煮詰めて作ったので、誕生日前1週間はそのひとのことばかりを考えていて全員余計にだいすきになってしまった。

お題なので億が一にでも目にとまるものがあって何かのお役にたてるのであれば、自由に使ってやっていただいたり、とか…まあそれにしてもやたらと創作(妄想)意欲をかきたたせるうえすとさんの存在ってほんとう何なんだろう。好きです

*1:どの単語も分からないひとは一生知らなくていいことばかりです

*2:Toxic Loveガチ勢

ジャニーズとはてなとわたし

あれ

今更だが、ジャニヲタはてなブログがアツい。わたしもTwitterで見かけてはそれはもう熱心に読み漁っている。

 
その昔、ごくせん2を見てジャニーズに興味をもった。紆余曲折ありながらも、永遠の新規のわたしは立派にジャニヲタ10年選手だ。「ごく出」はほんとうに当時の一大ブームで月曜日、教室のドアをあけた瞬間から始まる隼人派?竜派?トークから、みんな散り散りとジャニーズの沼へ潜り込んでいった。
 
わたしといえば、いま思い出してもよく分からないが、裏ジャニのコンビニ100人隊→大阪レイニーブルースのMステ→Excite!!という段階を経て大倉忠義くんを1番に定めた。外からみればまぎれもなく長いことeighterの大倉担だったが、結局大倉くんが1番であったときに担当と呼んだことはなく、eighterにもなれなかったのは多感な自意識とはてなダイアリーの影響が強いと思う。
 
当時のわたしは海を越えた地方都市のさえない中学生であった。ジャニーズのこととなると途端に声が大きくなる、わりと何処にでもいるようなはた迷惑なジャニヲタだった。そのころの関ジャニ∞は8人で、はじめての大阪城ホールを控えてたり、(中略)FTONツアーでやっと東名阪を回ったりしていた。まあとにもかくにもいろいろあったが、それを自分の目で確かめることはイチ地方の中学生には不可能だった。そんなわたしの情報源はすべてはてなダイアリーだった。
 
松竹座時代から、エイトをずっと応援しつづけている先達の方々。冷静な目で詳細にかかれた熱い記事は、まだまだ扱いの悪かったテレビと雑誌でしか見ることできないエイトをこれでもかというくらい魅力的にうつしていて、それはもう夢中で関ジャニ∞のキーワードの記事を片っ端から読み漁った。
 
偏った印象だが、当時のはてなダイアラーはあまり自担という言葉を使っていなかったように思う。グループとしての関ジャニ∞の大成が第一で、そのなかで見つけた自分の特別好きなひとのすてきなところを淡々と綴る。いろいろなことが起こって、自分の気持ちが不安定になったときはお気に入りのダイアリーをいくつも何度でも繰り返し読んだ。そこにいつも求めている答えがあるような気がしていた。
 
はてなダイアリーはまさしくわたしの憧れの場所だった。きたえーる以外の場所でエイトを観て、正しく冷静な感想をもてたとき、はじめてはてなで文章を書くジャニヲタになれるのだと自分に制限をつけていた。そうやって、それから。具体的な時をあげるなら「8→1」がなくなったあたり。毎日のようにエイトの記事をあげる大好きなダイアリーの数が少しずつ減ってきていた。いつか8人に、在るべき形に戻るのだと信じていた気持ちが消えかけてしまっていたとき、1番エイトのファンとして(勝手に)尊敬していた方が、ダイアリーの移転と、エイトの記事を書くことの終了を宣言した。
 
自分の受験や部活や日常生活に追われていたこともあり、ゆるやかに離れていたジャニーズへの気持ちがぷつんと切れたのが分かった。エイトを好きなひとが語るエイトが好きだった。はてなダイアリーで知るエイトの姿がわたしだけの正解だった。
 
まあ、結局いろいろあっても完全にヲタ卒はできず、社会人になってまでこうしてジャニヲタをこじらせてる訳だが、はてなは永遠にわたしの憧れの場所なのだ。
 
はてなブログがジャニヲタ内でメジャーなコンテンツとなっている今日この頃に、いまさら何を書けるのかと思う。かわいいあのこを語りたいとき、どうしてもわたしの気持ちが乗っかってきてしまうのだ。人の感想に自分の理想を重ねることもなくなった。応援しているあのこの幸せを願うけど、いまではもうジャニーズは日々の生活を豊かにしてくれる、都合のいい精神的支柱としての割合が強い。
 
はてなは正しく好きなジャニーズをより好きになれる場所だった。大人になって、東京に出てきて色んな現場をみてきた今でも、あのときのダイアラーのような文章はきっと一生書けない。でも、もうそれでいいんだと思った。だれかの目にとまりたい訳ではない、ちょっとした自己顕示欲のはきだめだ。
 
大好きな憧れのはてなで、とうとう文章を書くよ、という決意と言い訳の記事でした。これからはジャニーズに絡めたり絡めなかったりするどうでも良い話をします。